
はじめに:あなたの会社を守る「新常識」—2025年6月1日、熱中症対策は「義務」に変わりました
近年の日本の夏季における猛暑は、もはや一時的な気象現象ではなく、建設業界にとって深刻な労働災害リスクといえます。屋外作業が中心となる建設業は、全産業の中でも熱中症による死傷災害が突出して多いという統計的な実態があります 。特に、愛知県の状況は全国的に見ても極めて深刻です。2024年、愛知県内の職場における熱中症り患者数は88人(休業4日以上)に上り、前年より28人増加しました。この発生件数は、都道府県別で全国第3位という非常に高い水準です 。
この深刻な状況を背景に、政府は熱中症対策への法的アプローチを抜本的に見直しました。2025年6月1日、労働安全衛生規則の改正が施行され 、これまでの「努力義務」であった熱中症対策が、特定の条件下で明確な「法的義務」へと変わりました 。この法改正は、事業者に対し、単なる努力目標ではなく、法的責任を課すものです。
この背景には、愛知県特有の気候条件に加え、活発な都市開発や産業活動が引き起こす高い建設需要があり、多くの作業者が厳しい暑熱環境下で業務に従事している状況があります 。こうした地域特有の状況からも、よりいっそうの注意と対策が必要です。
本稿は、この重要な法改正の内容とともに、愛知県の建設事業者様が今すぐ取り組むべき具体的なプラン、さらにはを解説します。本稿を通じて、従業員の安全を確保し、法的リスクを回避することのできる情報を提供します。
第1章:法的義務化の全貌—今、建設業が直面する3つのリスクと責任
改正労働安全衛生規則は、事業者に対し、熱中症による重篤な健康被害を未然に防ぐための具体的な義務を課しています 。これにより、熱中症が単なる体調不良ではなく「防ぎうる労働災害」として明確に位置づけられました 。この規則の改正は、事業者にとっての責任を大きく変えるものです。
1.1. 改正規則が定める「3つの柱」
改正規則では、熱中症の重篤化を防止するため、事業者に以下の3つの対策を義務付けています 。
- 1. 報告体制の整備: 熱中症の自覚症状がある作業者、または熱中症の兆候がある作業者を見つけた者が、速やかにその状況を責任者に報告できる体制を事業場ごとに事前に定め、すべての関係作業者に周知することが義務付けられました 。これにより、初期対応の遅れを防ぎ、症状の重篤化を未然に防ぐことが期待されます。
- 2. 実施手順の作成: 熱中症の兆候が報告された場合に、迅速かつ適切に対処するための具体的な手順を策定する必要があります。この手順には、作業からの離脱、涼しい場所での身体冷却、そして必要に応じた医師の診察や医療機関への搬送などが含まれます 。このマニュアル化により、現場での緊急対応がスムーズに行えるようになります。
- 3. 関係者への周知: 上記の報告体制と実施手順を、作業者全員が確実に理解している状態にすることが求められます。周知の方法は、文書の配布、掲示、メール、口頭説明など、複数の手段を組み合わせて行うことが望ましいとされています 。予防グッズを事務所に置いたり、ポスターをはったり、朝礼で確認したり、そして、そういう周知を通じ、実際、気分や体調が悪くなったとき、相互に伝えやすい雰囲気づくりができるのではないでしょうか。
1.2. 違反した場合の罰則と責任の所在
この新たな法的義務に違反した場合、事業者は厳格な罰則に直面します。具体的には、「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」が科される可能性があります 。
特に注目すべきは、この罰則が法人だけでなく、現場の担当管理者個人にも適用されるケースが明示されている点です 。担当管理者が、熱中症の異変報告を受け付ける体制を放置したり、初動マニュアルの作成・運用を怠ったり、周知義務を果たさずに事故を招いた場合、個別責任が追及されることになります 。この厳格な罰則規定は、企業が形式的な対策に留まることを防ぎ、現場レベルでの実効性を確保するための強いメッセージです。
第2章:【すぐできる】義務化対応のための7つのアクションプラン
法的義務化に対応するためには、多くの視点からのアプローチが必要です。熱中症対策は、環境管理、健康管理、個人対策、そして最新技術の活用という複数の側面からなる「システム」として捉えることが重要です。以下に、建設事業者様が今すぐ取り組むべき具体的な7つのアクションプランを提示します。
2.1. 環境管理の徹底:WBGT値の把握と暑さ対策
作業環境を正確に把握することは、熱中症予防の出発点です。JIS規格に適合したWBGT(暑さ指数)計を準備し、作業現場で随時測定することが推奨されます 。WBGT値は、気温だけでなく、湿度や輻射熱を考慮した総合的な指標であり、厚生労働省のウェブサイトで公開されている情報も参考にしながら、現場の状況に応じて作業計画を調整することが重要です 。
休憩場所の確保も不可欠な要素です。日陰や風通しの良い涼しい休憩場所を設置し、冷房設備を検討することが求められます 。具体的な事例として、冷房付きのプレハブ休憩所の導入や、狭小地では移動式テントや遮光ネットを設置して日陰を作り、業務用扇風機やミストファンを併用するなどの工夫が効果的です 。
2.2. 健康管理とコミュニケーション
作業員の体調を日常的に把握することは、熱中症の兆候を早期に発見するために重要です。朝礼時に健康チェックを実施する際、単純に「体調は大丈夫ですか?」と尋ねるだけでなく、「朝食は何を食べましたか?」「昨晩は何時に寝ましたか?」といった対話を通じて、より詳細な健康状態を確認する工夫が有効です 。
また、新らしく入った方や長期休暇明けの方には、特に配慮が必要です 。管理者は巡視の頻度を増やし、作業員に積極的に声をかけることで、体調不良を申告しやすい心理的な安全環境を構築することも重要です 。
2.3. 水分・塩分補給の最適化
熱中症予防の基本は、のどの渇きを感じる前にこまめな水分と塩分の補給を行うことです 。現場には、冷水やスポーツドリンク(塩分濃度0.1〜0.2%が推奨)、経口補水液、塩飴、塩タブレットなどを常に常備し、作業員に摂取を促す体制を整えることが求められます 。ウォーターサーバーや冷蔵庫、製氷機の設置も、作業員が冷たい飲み物を手軽に摂取できる環境作りに貢献します 。
2.4. 服装と冷却
作業服の工夫も熱中症対策に大きな効果をもたらします。透湿性と通気性の良い素材の作業服を着用することが推奨されますが、中でもファン付き作業服(空調服)は、服に取り付けられたファンが外気を取り込み、汗を効率的に気化させることで体温の上昇を抑え、涼しさを感じさせる効果があります 。
また、ヘルメットに装着する外張り断熱シート や、冷却ベスト、清涼スプレー、冷却リングといったアイテムも、作業員の身体を直接冷却する上で有効な手段です 。
2.5. 作業スケジュールの見直し
気温がピークに達する午後の時間帯を避け、比較的涼しい早朝や夕方に作業時間をシフトする「早出・早帰り」は、熱中症リスクを大きく軽減する有効な手段です 。この対策は、安全管理だけでなく、作業員の集中力と生産性の維持にもつながります。
2.6. 最新技術の活用
近年、建設現場では熱中症対策に最新のテクノロジーが導入され始めています。愛知県内の建設現場では、AI(人工知能)が作業員の顔の表情や発汗量をカメラで読み取り、熱中症リスクを4段階で判定するシステムが導入されています 。このシステムにより、管理者が見つけにくい高層階での作業などにおいても、熱中症の初期症状を早期に発見できる利点があります 。
また、ヘルメットに装着するウェアラブルセンサーは、熱中症リスクの検知に加えて、転倒・転落などの事故もリアルタイムで検知し、管理者へアラートを通知する機能も有しています 。これらの技術は、従来の「目視」による管理体制を補完し、より包括的かつ客観的な安全管理を可能にします。
2.7. 熱中症発生時の緊急対応
万が一、熱中症が疑われる作業者を発見した場合、迅速かつ適切な応急処置が求められます。まず、風通しの良い日陰や冷房の効いた室内などの涼しい場所に避難させ、衣服を緩めて体を冷却することが基本です。首筋、脇の下、足の付け根といった太い血管が通る部分を氷などで冷やすことが有効とされています 。
意識がはっきりしており、自力で水分摂取ができる場合は、冷たい水やスポーツドリンク、経口補水液などを与えます。しかし、意識がない、吐き気を訴える、自力で水分摂取ができないといった重篤な兆候が見られる場合は、躊躇なく救急隊を要請し、速やかに医療機関に搬送する必要があります 。
第3章:愛知県の対応
愛知県の建設事業者が直面する熱中症リスクは、全国的に見ても特に高い水準にあります 。この地域特有の課題に対応するため、愛知県は独自の支援策を導入しています。
3.1. 愛知県独自の支援:現場管理費補正制度
愛知県建設局および都市・交通局が発注する屋外作業を主とする工事では、熱中症対策にかかる費用を補填するため「現場管理費補正」を試行しています。(愛知県ホームページ参照)
3.2. 県内建設会社の先進事例と愛知労働局の動向
愛知県内では、すでに多くの事業者が熱中症対策を積極的に推進しています。例えば、地元の飲料メーカーと共同で熱中症対策飲料を全社員に配布し、現場の安全性向上を図っている事例があります。また、高層ビル建設現場でAIカメラやヘルメットセンサーを導入している事例は、テクノロジーを活用した先進的な取り組みとして注目を集めています 。
まとめ:2025年6月1日からの熱中症対策義務化(罰則あり)への対応
2025年6月1日の法改正は、建設事業者様にとって、熱中症対策を「やむを得ないコスト」ではなく、「事業成長のための戦略的な投資」として捉えるべき転換点です。適切な対策は、従業員の安全を確保し、労働災害のリスクを低減するだけでなく、以下のような多岐にわたるメリットをもたらします 。
- 離職率の低下と定着率の向上: 安全で快適な職場環境は、従業員の満足度と帰属意識を高め、離職率の低下につながります。
- 採用活動における優位性: 「安全な現場」は、求職者にとって大きな魅力となります。徹底した熱中症対策は、企業のブランド価値を向上させ、優秀な人材の確保に貢献します。
- 企業の社会的信頼の向上: 熱中症対策は、社会的な責任を果たす企業としての評価を高め、顧客や取引先からの信頼を獲得します。
建設業専門行政書士事務所として行政書士中村さつき事務所では、法令順守の視点から事業者様へのサポート・社内マニュアル整備等のご提案も行なわせていただきます。気になる点等ございましたらお気軽にお問合せ下さい。
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